井崎英典 Hidenori Izaki BARISTA

ABOUT BARISTA

『珈琲と井崎英典』
〜コーヒーの世界と出会いを綴るストーリー〜
第3回『コーヒー業界のオヤジ』
〜世界大会への挑戦〜

 

 

大学進学を機に上京し、長野の(株)丸山珈琲にて働き始めました。その当時はまだ東京に店舗がなかったので、新幹線を乗り継いで長野県の小諸市まで週末を利用して働きに行っていました。バイト代は交通費と宿泊費で相殺されましたが、毎日がとても充実していました。帰りはホテルまで片道6キロ程度歩いて帰っていたのですが、星がとんでもなく綺麗なんですよね。

 

代表の丸山社長はコーヒー業界の父のような存在です。厳しくも愛情を持って育ててもらいました。国際人としてあるべき姿を背中を持って教えてもらいました。今でもその背中を追って仕事をしているんだと思います。

 

大学卒業後はそのまま(株)丸山珈琲に就職。2012年に史上最年少でジャパンバリスタチャンピオンシップで優勝し、悲願のオーストラリアで開かれた2013年の世界大会。そこで競技人生は一変します。12位以上が準決勝に進むことができる中、私の順位は13位だったんですね。しかも12位と同点でした。エスプレッソの点数がたった0.5点低かったため、準決勝に進むことができなかったのです。青春の全てをつぎ込み、優勝するために練習に励んでいた私にとって、最大の挫折でした。

 

負けた日の夜、近くの公園に出向き、ひとりでぼーっとしていたんですね。するとポッサムっていう、オーストラリアの公園ならどこでもいる夜行性の動物が寄ってきて、僕のことを哀れそうに見ているんですよ。そんなポッサムに向かって、ボソボソと弱音を吐きました。自分は本当にこのままで良いのだろうか、まだ大会に出続けるべきだろうか、などなど。そこで、ふと思ったんですね。こんな負け方をする奴もなかなかいないだろうって、これはコーヒーの神様が与えてくれた試練だと思ったんですね。その瞬間から来年に向けて準備を始めました。海外の友人は、この話を「ヒデのポッサムストーリー」って呼んでいます(笑)

 

同年のジャパンバリスタチャンピオンシップにて、連覇を果たしたその翌年、イタリアで開かれた世界大会にて、晴れて私は2014年度にアジア人初の世界チャンピオンになることができました。